塾生皆泳

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最近、上野の博物館で福澤諭吉展が開かれていた。
この一万円札の顔となっている福澤諭吉は、私の母校の一つである慶応義塾の創設者だ。大学では今も「先生」は福澤諭吉のみにつけられる敬称で、休講掲示など、どんな偉い先生もすべて「君」よばわりになっていた。

この展覧会で福澤先生のお言葉がたくさん紹介されていたけれど、私が在学中に打ちのめされた驚愕の4字熟語は特に紹介されていなかった。

それは「塾生皆泳」という4字熟語だ。これをこの大学の一年生のとき体育の授業で聞いた。「じゅくせいかいえい」と言われて何のことやら、と思ったが漢字で見ると、もしかして・・・。そう、塾生たるもの皆、泳ぐべし!

夏休み前の体育の授業で、このマンモス校の一年生全員が余す事無く50メートルプールを泳がされて、途中で立ってしまったり、まったく泳げない人は、自動的に夏休みのシーズンスポーツという体育の2週間の集中授業が「水泳」になる。そうでない人は、テニスとかゴルフとか乗馬とか優雅なものを選ぶことができた。

受験の前に、こんなことを知っている人はいたのだろうか。私はあっけにとられてしまった。もしも受験生にこの4字熟語と習慣がもう少し知れ渡っていたら、泳げない人や、泳ぎたくない人はこの大学を志望せず、多少はこの学校の倍率も下がったかもしれない。少子化の昨今、そんなことは禁句かもしれないが。私のころは、合格発表を見にいったときなど、駅から大学まで人の列が何層にもなって道を埋めており、こんなに受けた人がいるのかと、気が遠くなるほどだった。

私はまんまとこの水泳50メートル走でひっかかり(それまで25メートルプールでしか泳いだことがなかった・・・)、梅雨明けの遅かったその冷夏に、毎日、屋外プールで寒い思いをして水泳の授業を受けた。終わると生協食堂に皆で駆け込んであたたかいうどんを毎日のように食べたのは楽しい思い出だ。

この4字熟語は、昔、塾生のボートの事故で、自分で泳げなかった人は助からなかった、という苦い出来事があった折に、福澤先生が、この悲劇を繰り返さないために、皆、自分の命を守れるくらいには泳げなければ、と仰ったことに由来するというので、笑い事では決してないのだが、本当にびっくりさせられた。

写真はめでたく水泳の試験にも合格して2年生になり、門をくぐった三田キャンパスの歴史的校舎の残る一角だ。この大学は私にたくさんの宝物を与えてくれた。それは今に至るまで私を支えてくれている。