ドヴォルザークの《ジプシーの歌》

ドヴォルザークの《ジプシーの歌》op.55(全7曲)は独唱用のみならず、合唱用の編曲もあり親しまれている。また第4曲は〈母の教え給いし歌〉の題名で日本でも昔から名歌集などに取り入れられ、よく歌われている。
 
ところで、この曲集の第5曲〈弦を正しく調弦せよ〉の第2節の歌詞に、突然「ナイルの岸辺」という言葉が出てきて、どうしてなのだろう?、と思っていた時期があった。ジプシーのルーツにはいろいろな説があるから、ドヴォルザークが取り上げたチェコの詩人によるものであっても、東欧のジプシーには限らないのかな、などと思っていたが、ある本のジプシーについての解説を読んでいて、このことがようやく腑に落ちた。
 
それによると、現在では、ジプシーの起源はインド北西部のパンジャブ州であり、そこから西に進んでいったと考えられている。だが、18世紀頃まではジプシーの起源はエジプトであると思われていて、「ジプシー」の名自体も「エジプトの、エジプト人」を意味する"Egyptian"に由来するのだそうだ。なるほと、と思った。だから、この詩の中にも、まだその考え方の名残が残っていて、彼らのホームグラウンドとしてのエジプトの「ナイルの岸辺、も出てくるわけだ。
 
ジプシーは他に、ツィガーヌ(「不可触民」の意味)、ボヘミアン(「ボヘミア人」の意味)等と呼ばれ、この歌曲集の題名にもあるドイツ語で言う"Zigeuner"はこの前者から来ているのだろう、と容易く想像できる。ジプシーも含め、これらの呼び方はいわゆる差別用語の要素を含むと判断され、現在は使用を避け、彼らの言語ロマニー語で「人間」を意味する彼ら自称の「ロマ」や「ロム」で呼ぶことが多いということが解説されていた。
 
そういえば、ナイルの岸辺というと、この歌とは全く関係がないが、ナイル川下りでイルカを見て楽しんだ、といって意気投合しておられるお二方の対談に同席したことがある。ジプシーの故郷というイメージから、現代ではイルカの泳ぐ川、と時代が変わるといろいろにイメージも変わるようだ・・・。