メルセデスさんとのご縁

実は、私の本当のオペラ初出演は、先の記事に書いたものに遡り、音大3年生の学園祭における日本語版カルメンメルセデス役だった。これは学生同士で作り上げたもので、それなりに皆、熱演で好評だった。私はやがてメルセデス・ベンツの本拠地に留学することになった。「メルセデス」はベンツ社の経営者のお嬢さんの名前だと聞く。これも偶然だったが、そういうわけでメルセデス役もなかなか忘れ難い。公演では、学生仲間がデザインして型紙までおこしてくれた、背中の大きくあいた斬新なデザインの緑色の衣装を自分で縫って着た。父が公演を見に来るというので、私がこんな格好で舞台に出ていたら、いくらジプシーの役と言ってあるとはいえ、あとで怒られるだろうか、なんてちょっぴり心配にもなった。でも、終わってみると、父はたくさんの舞台写真を上手にフラッシュなしでカメラに収めてくれていた。さらには「あれ、飲み屋の姉ちゃんか?」、と結構、虚構の世界を客観的に見てくれていたようだ。私は思いっきりわる~い感じのジプシーの女を演じ、確かにジプシーたちのたまり場になっている酒場リーリャス・パスティアのシーンもある。その悪道ぶりを正しく舞台上の虚構として理解して、シャッターを切り、楽しんでもらえたのが、わが父にしてはとても意外だったが、とても嬉しかった。以来、私は自分が自分でない人物として生きることの出来る、オペラの舞台の魅力にとりつかれた。初心を忘れず、心して舞台に臨みたいと思う。