祈り~毘沙門様の前で~

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写真は、昨日、打ち合せに出向いた神楽坂からの帰り道、飯田橋駅に向かう途上で立ち寄った、神楽坂毘沙門天にて撮影。阿吽(あ・うん)の虎であります。写真右が、本殿に向かって右側にある阿(あ)の虎、写真左が、本殿に向かって左側にある吽(うん)の虎です。この善国寺には江戸時代からの毘沙門天像が安置されていますが、毘沙門天は、トラの化身とも言われているそうで、このように狛犬ならぬ虎の石造が造られて現在に至るそうです。
 
「毘沙門様」と地元の方々に親しまれているとのこと、昨日も本堂の毘沙門天像の安置されているところで、親子(母娘)と見える方が、無言でやって来て信心深い様子で拝み、最後に、ガラスケースをあけて、そこに置いてある、まあるい小さなろうそくをろうそく立てに二つおくと、マッチで火をつけて、その場を後にされようとしました。先にお賽銭を入れて拝んだあと、おみくじを引きにいき、「一番大吉!」に当った私は、なんだか感激してその場を去り難く、もう一度本殿に戻ったところでした。そこでその光景に出くわしたので、そういう風にするんですか、私もつけてみてもいいでしょうか、と思わず話しかけてしまいました。それで、私も自分の分のろうそくを灯すに至りました。
 
ケルンの大聖堂のような、ドイツの大きな教会では、教会内部の壁に沿った数多くの小さな祭壇ごとに、このようにろうそくを灯す蜀台があって、ろうそくがチラチラしていた情景をふと思い出しました。ところかわれど、人の心にある信仰心、祈りというのは共通したものだ、と思う瞬間でした。
 
本堂内には、東日本大震災の犠牲者を悼む一角が設けられ、その前にあるお賽銭箱に入れられた分は、義援金として寄付された(今後も寄付される)、と書いてありました。周囲の商店街にもレターセットを買うと気仙沼に寄付されます、など、東北各地に関わる、応援する商品も目に付き、この神楽坂の商店街と一体となった、庶民的な温かさを感じました。
 
毘沙門天は別名を多聞天(たくさんの願いを聞き入れて下さる)といい、四天王のひとつ。北方の守護神ということで、東北への思いも格別なのかもしれない、と思いました。
 
ちなみに本堂内は撮影禁止ですので、奥に安置されている毘沙門天像は撮影できません。入り口の石虎さまに代表でここに登場していただいた次第です。戦火の傷も負いながら、江戸時代から現在にまで逞しく毘沙門天様を護っている、偉い偉い虎さまです。とっても強そうです!これからの日本を毘沙門天様と一緒に見守って下さいね。