ベネズエラのエル・システマ

今年、エル・システマという言葉を聞いたのは今日が2度目だ。1度目は夏のサイトウキネンフェスティヴァル松本のチケットを手配していた最中、演奏会の指揮者ディエゴ・マテウスの名が目に留まった。その人のプロフィールにエル・システマが生んだ指揮者、とあった。残念ながら私はその演奏会は聞かずに失礼してしまったけれども・・・。そして、2度目は、今日の放課後、芸大で行われた、ベルリンフィルコントラバス奏者エディクソン・ルイスさんを迎えての公開講座でのことだった。
 
私はリートの授業の通訳が6時に終わり、疲れ果てて階段を降り、帰途につこうというとき、なにやらドヤドヤとドイツ語を話しながら小さなホール教室に向かう外国人の集団とすれ違い、何事かと思えば、「エル・システマからベルリン・フィルへ」というタイトルの公開講座があると知る。ホールに入るとすでに皆さん着席済みで、ぎりぎり、最後列の一番端の空席に座らせていただいた。ほどなくコントラバスのソロが始まった。演奏は45分間続き、その後、短いお話のあと、学生との質疑応答となっていた。これは英語だから、学生も積極的に英語で話していた。そう、こうでなければ!
 
それはともかくとして、このエディクソン・ルイスさんもベネスエラのカラカス出身で、エル・システマの生んだスターの一人である。史上最年少の17歳ベルリンフィルに入団、すでに9年演奏しているが、まだ弱冠26歳という若さだ。
 
ほかに、いつだったかベルリン・フィルのジルベスター・コンサートの指揮もしていたグスターボ・ドゥダメルエル・システマ出身者だ。サトウキネンに来ていたマテウスの先輩にあたるそうだ。
 
南米ベネズエラで始まったオーケストラ合奏を目的とした、三歳児から高校生までを対象にした、楽器、音楽を無料で学べる音楽教育システム、エル・システマ。これによってベネズエラ国内に児童、青少年による何百というオーケストラが生まれた。そこから、ヨーロッパの音楽の檜舞台に登場する人材が出て、注目を集めているのである。
 
私の不勉強で、今年、今更ながらに、この3名を認識した。ドゥダメルは確かにテレビで見たことがあったが、エル・システマと結びつけての認識は今日新たにしたところである。
 
そして、今日のコントラバス演奏は素晴らしかった。楽器が大きいから当然ともいえるが、躍動感あふれる演奏に、コントラバスの魅力が炸裂していた。伴奏を担当した大学院の学生さん(ちょうど、この2ヶ月、私が通訳をしてきたリートの授業でも度々、伴奏で登場していた学生さんだった)もこれはとても幸運に値する共演だっただろうと思う。最後に演奏された無伴奏の現代曲は、作曲家の方が彼のために作曲した作品だそうである。後の質疑応答でも話題になったが、現代の新作を演奏することは、まだビジョンのない新しい世界を作り上げるという無上の楽しみがあるので、大好きだ
、というお話だった。
 
エル・システマの教育はさぞ素晴らしいのだろう。そして、そこからの人材を次々と迎え入れているヨーロッパの楽壇の姿勢もまた注目に値する。
 
ベルリン・フィルサイモン・ラトル音楽監督に就任したとき、ああ、外国の風、新しい風をベルリン・フィルは求めているのだ、と思ったものだが、こうして、史上最年少で団員になったエディクソン・ルイス氏のような才能も見逃していないところは、流石である。
 
よいものを勇気をもって認めて、どんどん取り入れて行く勇気。それは文化の発展に欠かせないことだろう。
 
ちなみに、今日、廊下ですれ違って教室に入っていった大勢のドイツ語の方々は、ルフトハンザのパイロットや客室乗務員の方々だったとのことだ。演奏者のルイスさんが機内で知り合い、今日、芸大で演奏するから、ということで、皆さん見学にいらしたとのこと、デジカメで演奏姿を撮影する人も居て、微笑ましかった。こんな風にすぐに人の輪を作ってしまうところにも、何かエル・システマの魅力、威力が影響しているように思われた。心温まる夕べのひと時となった。感謝。