薔薇:虚構と現実

オペラは舞台芸術。舞台は虚構の世界をお客様に提供するところ。私も幾ばくかの務めを果たした。

舞台に出演した日、楽屋に届けられた、応援して下さる方々からの沢山の花束のなかに、長い茎を持つ小さな薔薇の束があった。演出助手の方から出演者それぞれへのメッセージつきのプレゼントだった。持ちきれない花束を家族に頼んで分担して持ち帰ったが、この小さい薔薇は大事に自分で持つことにして、打ち上げ会場を経由して、自宅まで持ち帰った。

帰宅後、まずお花にお水をあげなくては、とバスルームがお花でいっぱいになった。花瓶に生ける元気が残っていなかったので、そのままあとは家族に任せてしまった。

それから毎日、朝食の食卓につくと、ちょうど私の視野に入る台の上に、その小さな薔薇が小さな花瓶に活けられているのが見える。来る日も来る日も薔薇はとてもシャンとしている。やっぱり薔薇はいいなあ、と思いながら1週間。そして2週間目、他の花のほとんどは萎れてしまったが、この薔薇だけはまだ元気がいい。この薔薇はすごいわね、小粒だからきっと野の薔薇で、だからこんなに強いのかしら、という会話が数日。

本番後も、次の本番やその他の雑務に終われて2週間が過ぎ去った。多少、朝の時間にも余裕ができた昨日、この薔薇に手を触れてみた。何と・・・!!、水に活けてあったこの薔薇は造花だった。

唖然。

舞台上で虚構の世界を提供していた私も、すっかり騙された・・・。(これを活けてくれた母も、他の生花と一緒になっていたので、これが造花だとは気付かなかった。)一度本物だと信じた薔薇だけに、すぐに水から引き上げては可愛そうな気がして、結局、1日そのままにして、眠った。