Staatlich: 国立、州立、市立ということ

シュトゥットガルト歌劇場の日本公演が2月中旬に渋谷のオーチャードホールでありました。この公演のお手ごろなチケットを事前に買いはぐれたので、当日券を求めて、劇場窓口へ。そこで、当日券が全部売り切れたときには立見席が出ることを知りました。2日足を運んで、2日目に手にする事が出来、公演を高いところから見ました。最上階の両サイドにパルコニーのように手すりがある空間があって、一つのバルコニーに3席ずつナンバーがふられている指定制の立見席でした。高いところから見る「魔笛」で、私はもう7年くらい前に、魔笛の「3人の童子」として出演したとき、たか~いところ(3階席のお客さんの目の高さくらい)から登場した事を懐かしく思い出したりしました。

さて、今日のテーマはその立見席に並ぶ列でも耳にした、ドイツ語及びドイツの国の構成システムについての問題です。

シュトゥットガルト歌劇場は、シュトゥットガルト国立劇場(Staatstheater Stuttgart)の中にあるオペラとバレー部門のオペラのほうで、シュトゥットガルト国立オペラ劇場(Staatsoper Stuttgart)といいます。ところで、ここで「国立」と訳しているところは、実は連邦国家であるドイツのシステムでは「州立」と言うべきところです。しかし、日本で「州立」と聞くと、それはいわば「県立」のようなイメージで、もっと上位の「国立」が存在するような認識となってしまいます。一方、ドイツでは「州立」歌劇場より上位の「国立」歌劇場は存在しません。そのあたりのニュアンスを日本で伝えるためには、「州立」を「国立」と意訳することもあり得るのです。

日本ですでになじみのあるミュンヘンバイエルン国立歌劇場は、バイエルン州の首都ミュンヘンにある州立歌劇場で、州の名前を採って、バイエルン国立歌劇場(Bayerische Staatsoper)と名づけられています。シュトゥットガルトのオペラもこれに相当するのです。ミュンヘンの言い方に倣えば、シュトゥットガルトの属するバーデン・ヴュルッテンベルク州の名を取って、「バーデン・ヴュルッテンベルク国立歌劇場」となるべきところですが、劇場の登録名として、市の名前が採られています。でも、だからといって市立というわけではなく、国立(事実上は州立)なのです。

さて、前置きが長くなりましたが、立ち見に並んでいた後方の方で、「シュトゥットガルトのオペラは市の劇場で、国立クラスではないんでしょ」、という声が聞こえてきましたが、これはそのようなわけで間違った認識です。Staat(シュタート:国、州)とStadt(シュタット:市、町)は見た目も発音も似ていますが、まったく別の言葉です。今回のシュトゥットガルト国立歌劇場の日本公演の宣伝パンフレット上の訳語には、「国立」という言葉が入っていませんでした。そのため「国立」には"National"という言葉を連想する一般的な日本の方には、"Staatsoper"を「国立(州立)歌劇場」と正しく理解することは難しかったのかもしれません。

ちなみに、同じシュトゥットガルトでも州立の機関に、Staat(シュタート:国、州)ではなくLand(ラント:州、ほかに田舎という意味もある)の言葉がついている、州立図書館(Landesbibliothek)のような例もありますが、Staatが付いていようと、Landesが付いていようと、いずれも事実上は州立であることに変わりありません。

おもしろいのは、ドイツ人の間には、州ごとに、昔のそれぞれのお国の時代の誇りがあるようで、その意味では今でも、おらが州の劇場を、格上げして「国立」と呼びたい、という心理もあるようです。つまりミュンヘンの人たちは自分たちの州の首都にある州立歌劇場を今でも、バイエルン王国の最高の劇場だ!、という気持ちで、バイエルン「国立」歌劇場、と呼びたい、というような風にです。Staat(シュタート)という、現在では「州」も意味するが、元来、「国」のニュアンスが強い言葉の使用には、そういった気取りやちょっぴり愛らしい見栄も感じられるのだと、日本語にも精通しているドイツ人のご夫人が教えて下さいました。

以上、少々、お話が複雑になりましたが、複数の州からなる連邦国家である「ドイツ連邦共和国」の文化に接するときには、このようなお国事情も認識しておくと、理解が深まるかもしれません。