『女の愛と生涯』とミーナの手紙

シューマンの歌曲集「女の愛と生涯」、あるいはレーヴェの歌曲集「女の愛」は、ドイツの詩人シャミッソーの1830年作の連作詩に作曲されたものである。
 
ところで、このシャミッソーには『ペーター・シュレミールの不思議な物語』(影のない男)という物語作品がある。今回、ウィーンでの演奏会でフルートの方が演奏して下さったライネケ作曲「ウンディーネ」のフケーの原作を読もうとドイツ文学全集の一冊を手にすると、そこにシャミッソーのこの作品も収録されていて、目を通した。
*参考図書は『ドイツ・ロマン派全集(国書刊行会1983)』第五巻フケー(深見茂訳、解説)、シャミッソー(池内紀訳、解説)。
 
以前にも読んだことがあったかもしれないが、今回、ふと気がついたことには、シャミッソーには『ペーター・シュレミールの不思議な物語』(通称、影のない男。1813年作)中、影をなくしたシュレミールがある街で伯爵に間違われて、そのまま庶民の娘ミーナと恋におちる、という出来事が起こる。そのお相手の女性ミーナが伯爵にあてて綴ったもの、として紹介される手紙文に下記のような件がある。
 
「わたくしは、かよいわい愚かな娘でございます。・・・(中略)・・・私は自分の定めというものを心得ております。・・・(中略)・・・あなた様は広い世の中のお方なのです。・・・(中略)・・・あなたがわたくし風情の愚かしい小娘にうつつを抜かしておられるなどと、そう思うだけでわたくしには腹立たしいのでございます。―お別れします。・・・(以後、続く)」
 
これを読んでいて思い出すのは、シューマンの「女の愛と生涯」の2曲目(Er, der herrlichste von allen)だ。この曲の歌詞で主人公の女性は、自分を卑下し、もっとも価値ある女性だけがあなたにふさわしいのです、などと言って、恋人を自分の手の届かないような存在として崇めている。まさに上記の物語中でのミーナの手紙がオーバーラップしている。
 
シャミッソーは、友人フケーと同じくフランスからドイツに亡命した貴族の家柄であった。1820年に年の離れた若い女性と結婚し、『女の愛と生涯』はそのような境遇にあって書かれた作品であったが、ふと、かつて書いた物語中の女性ミーナが伯爵に宛てて書いた手紙に綴った心境が、恋する女性の心の声として、蘇ったのかもしれない。
 
ちなみに、その『ペーター・シュレミールの不思議な物語』は、そもそも友人フケーと語らっていた時に、もしも影をなくしてしまったら、と発想を得たものであったことも解説に書かれていて興味深い。さらにいは、シャミッソーがこの作品の原稿をフケーに預けて、自身は3年間の世界一週旅行(北極探検隊に参加した一貫)に出ている間に、フケーがこれは面白いから、と勝手に出版してしまって、作者はだれだ?と話題をさらって、すっかりこの物語は世に出て有名になった、という逸話までついている。いつの世にも出会いの妙、面白いものだ。